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最終更新日:2014年1月27日(月)


あゆみ


ねむろ農業のあゆみ
        
冷涼な大地のもとで
 根室の農業は、その冷涼な気候のもと、当初は豆、馬鈴薯などの畑作と軍馬を始めとした馬産が中心でした。
 しかし、度重なる冷害、霜害による凶作で畑作はしだいに衰退し、馬産も産業構造の変化によりおなじ道をたどりました。
 昭和30年代の根釧パイロットファーム建設事業、昭和40年代からの新酪農村建設事業など先人の苦難と努力の結果、ここ根室の地に一大酪農郷が花開きました。

てん菜の収穫風景
てん菜の収穫風景
苦難の連続だった
開拓から根室馬産繁栄時代

 明治の開拓当初、主に豆や馬鈴薯の生産がおこなわれましたが、それは度重なる冷害、凶作との戦いでもおりました。根室の農業が主畜農業に転換した明治30年代から戦前までは軍馬や鉄道馬車のため馬産が繁栄しました。馬は当時農業や輸送手段のため人々の生活になくては成らない家畜でしたが、戦後の高度成長に伴う機械化などでその需要は激減し、馬産はしだいに衰退しました。
当時のパイロットファームの風景
当時のパイロットファームの風景
根室酪農の基盤形成期
根釧パイロットファーム


 昭和29年、根室管内は全域が酪農振興法により集約酪農地域に指定されました。昭和31年には現在の別海町中春別地区を中心として根釧パイロットファームへの入植がかいしされ、昭和39年までには開墾地約5,000ha、入植は約360戸にのぼりました。
 こうして、根室酪農の基盤が築かれました。

新酪農村の農場
大規模酪農へのあしがかり
新酪農村建設事業


 昭和48年から58年にかけて根室市、別海町、中標津町で新農村建設事業が開始され、200戸以上が入植し、約1万5,000haの農地が造成されまし た。
 その結果、根釧原野に日本を代表する先進的大型酪農経営が展開されるようになりました。
根室酪農の代表的風景
根室酪農の代表的風景
現  代

 根室の酪農はその後順調な発展を遂げ、今やEUをも凌ぐ大型酪農地帯へと成長しました。
 しかしながら、乳価や個体価格の低迷、負債の高額化、市場国際化の進展など根室の酪農をとりまく環境は依然厳しいものがあります。そのような中、意欲ある担い手が日本を代表する酪農地帯を支えています。