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別海町 |
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アイヌ語でペ・カイエ。川の折れ曲がっているところという意味。元禄年間には「べけるる」、安政年間には、「ヘッカイ」と呼ばれその後、明治になって別海となった。
どこまでも、どこまでも延びる道と巨大なサイロの数々、そして地平線を感じることのできるダイナミックな酪農地帯が広がるまち、別海町。 昭和48年から、国家プロジェクトとして整備された大規模酪農村は、一戸当たり50haの草地と68頭の乳牛を有するヨーロッパ並の近代酪農地である。 牛の数が人の数よりも多いこのまちでは、酪農家の情熱がひしひしと伝わる、ピュアな天然の味わいを生みだした自慢の乳製品がある。搾りたての牛乳と素材を活かした乳製品は自慢の逸品。 また、根室海峡へエビが身体をくねらせたような格好で突き出している最大の「砂嘴(さし)」野付半島には、トドマツが海水に侵食されたために立ち枯れて風化し、荒涼とした風景が一帯に広がるトドワラがある。さらに、野付湾の風物詩、北海シマエビ漁の打瀬船(うたせぶね)が優雅な光景も見せる。
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別海町/歴史・文化・史跡
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