H31年度北方領土遺産ツアー

野付通行屋・番屋跡遺跡を訪ねる
北方領土遺産ツアー

 

 地域創生推進事業「北方領土モノがたり事業」のイベントとして、昨年に引き続き、別海町郷土資料館との共催による「野付通行屋・番屋跡遺跡を訪ねる北方領土遺産ツアー」を平成31年4月20日(土)に実施しました。
 かつて国後島に渡るための要所であった「野付通行屋跡遺跡」に触れてもらうことで、北方領土問題に対する興味や関心を高め一層の理解促進を図ることを目的に、別海町郷土資料館と連携して実施したものです。

 

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野付通行屋跡遺跡について

 「野付通行屋」は、寛政11年(1799年)に江戸幕府が国後島へ渡るための交通の要所として野付半島の先端に設置した宿泊施設です。
 別海町郷土資料館の石渡一人学芸員によると、「野付通行屋」が設置された理由は、寛政元年(1789年)に起こったクナシリ・メナシの戦いや寛政4年(1792年)にロシアの使節であるラスクマンの来根など、国防上の問題が北海道(当時は「蝦夷地」)にあったこと、また、野付半島が国後島へ渡る最短のルートであったこと等が考えられるそうです。
  平成15年から17年にかけて別海町郷土資料館で発掘調査が行われ、遺跡の全長が明らかとなり、遺跡の機能を想定できるまで整理することができたそうです。調査の結果、建物の位置、お墓の位置、畑の跡などが発見され、また、陶磁器類などの遺物が約1万2千点ほど出土しました。
 また、野付半島には地元で伝承されている伝説があります。それは、幻の町「キラク」。  江戸時代末期にたくさんの建物が建ち並び、武家屋敷や遊郭、鍛冶屋などがあったと言われています。しかしながら、「キラク」の存在を立証する明確な証拠はなく、歴史ロマンをかき立てる物語として語られています。 

 

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野付通行屋跡遺跡の航空写真
中央のくぼみ部分に野付通行屋があった
※写真は別海町郷土資料館提供
 

北方領土遺産ツアーの様子(平成31年度実施状況)

【日 時】 平成31年4月20日(土)9:30~13:00
【場   所】 野付半島、野付半島ネイチャーセンター
【ガイド】 別海町郷土資料館 石渡一人氏
【参加者】 29名
【概 要】 
 野付半島ネイチャーセンターでレクチャーを行った後、通行屋跡遺跡入り口まで車で移動。快晴の中、約2キロの道のりをオジロワシ、タンチョウなど野鳥を観察しながら遺跡に向かいました。野付通行屋跡では、墓石、土塁、建物跡、畑の畝跡を実際に見て、江戸時代のこの地の様子に思いを馳せました。

 

H311.JPG野付半島ネイチャーセンターでのレクチャーの様子

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 通行屋跡の海岸では陶器の欠けら等を確認しました

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通行屋跡遺跡にて墓石、土塁、畑のうね跡などを確認しました

 

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海水面の上昇や地盤沈下により遺跡が浸食されてきているとのこと

 

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今年は、国後島がはっきり見えました。向かって左が「泊山」、右が「羅臼山」です

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